かねてから話題になっていた、代田の「温泉旅館」
ここ
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000740.000012974.html
にインフォメーションがありました。
箱根の温泉を使うようなのですが、さすがに「湯煙」とはいえないので「由縁」。
というネーミングのようです。
ただし、個人的には、どちらかというと、利害関係が大きいのは、東北沢駅近くにできるはずの「INN」。
遠くのお知り合いが東京に来られるときに、宿泊場所探しに、ここ5年ほど苦労しておりましたので。
とくに、訪ねて来られそうな方々は、どこも近隣に温泉地が多いので、わざわざ東京に来て「何がなんでも温泉」という人は、ほとんど皆無のはずですし、どうしてもという方には、かなり減ってしまったようですが、黒湯を探してご案内しようか、と…
とはいえ、新宿至近という場所柄、予約を取るのがおそらく結構難しそうですが…
2020年8月6日木曜日
2020年4月24日金曜日
2019年8月15日木曜日
ダイダラボッチ川源流部はどこか?
■先日の研究会…
http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2019/07/post-c904be.html
でのお話の後のご質問が2つありました。
・1つは、松原、具体的には下高井戸駅やや東の弁天池の源流部。
・もう一つは、確か「根津山育ち」と思われる東京農大の先生が現地を巡検してもわからなかったというダイダラボッチ川の源流部
についてです。
■最初の方は…
かつて、それなりに調査して、どこぞのブログだかに書いた覚えがあるので、今回は2つ目のご質問について調べてみました。
この場合、どちらもそうなのですが、要は、地べたの高低が追えればよいわけで、国土地理院の地形図のページ
https://maps.gsi.go.jp/#18/35.667532/139.663487/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
では、レーザー測量による標高が追えるので、それを使うことを考えはしたのですが、しかし、当地は、造成+市街化し尽したような地域です。
そのため、いわば「生の地べた」の高低を追うのは無理だろうと思われますので、
「3000分の1 帝都地形図 羽根木」日本地形社/S22・刊
で、同一標高の等高線のほぼ中点をプロットし、それらをスムーズな曲線でトレースする、という作戦をとりました。
結果は、以下のとおり。
・西方向から合流する宇田川湯支流については*、羽根木川(の支流)との間の分水嶺までほぼ割り出せました
また
・問題の本流についてみると、源流部はどんどんと北東方向に向かっていることが判明
■このように…
等高線を元に描くと極めて明快に見えてくるのですが、ご承知のとおり、実際に行ってみると、
それとわかるほどの高低差を現地で追えるほどの勾配のわかる地域ではありません。
これでは、確かに、私もそうだったのですが、農大の先生のように、現地を巡検したからといって、このルートを探り出すのはまず不可能でしょう。
*近世期には、むしろこちらが「本流」と考えられていた節がある
http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2019/07/post-c904be.html
でのお話の後のご質問が2つありました。
・1つは、松原、具体的には下高井戸駅やや東の弁天池の源流部。
・もう一つは、確か「根津山育ち」と思われる東京農大の先生が現地を巡検してもわからなかったというダイダラボッチ川の源流部
についてです。
■最初の方は…
かつて、それなりに調査して、どこぞのブログだかに書いた覚えがあるので、今回は2つ目のご質問について調べてみました。
この場合、どちらもそうなのですが、要は、地べたの高低が追えればよいわけで、国土地理院の地形図のページ
https://maps.gsi.go.jp/#18/35.667532/139.663487/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
では、レーザー測量による標高が追えるので、それを使うことを考えはしたのですが、しかし、当地は、造成+市街化し尽したような地域です。
そのため、いわば「生の地べた」の高低を追うのは無理だろうと思われますので、
「3000分の1 帝都地形図 羽根木」日本地形社/S22・刊
で、同一標高の等高線のほぼ中点をプロットし、それらをスムーズな曲線でトレースする、という作戦をとりました。
結果は、以下のとおり。
・西方向から合流する宇田川湯支流については*、羽根木川(の支流)との間の分水嶺までほぼ割り出せました
また
・問題の本流についてみると、源流部はどんどんと北東方向に向かっていることが判明
■このように…
等高線を元に描くと極めて明快に見えてくるのですが、ご承知のとおり、実際に行ってみると、
それとわかるほどの高低差を現地で追えるほどの勾配のわかる地域ではありません。
これでは、確かに、私もそうだったのですが、農大の先生のように、現地を巡検したからといって、このルートを探り出すのはまず不可能でしょう。
*近世期には、むしろこちらが「本流」と考えられていた節がある
2019年7月30日火曜日
代田連絡線の地図
代田連絡線は昭和20年5月の「山の手空襲」後に急遽敷設され、昭和27年ころ撤去、ということなので、同線を描いた地図は限られている。
これまでに判明していたものは、
1 小田急史の主(ヌシ)生方良雄氏所蔵の
日本地形社「地形図〔1/10000〕」S20測図
生方良雄「小田急の駅今昔・昭和の面影」JTBキャンブックス/2009「代田連絡線」p.57
生活情報センター・編/鎌田達也「井の頭線沿線の1世紀」同センター/2006「新代田」p.123
関田克孝「『大東急』代田連絡線」JTBキャンブックス「鉄道廃線跡を歩くⅤ」/1998 p.60
(なお、同書によれば「地図で見る大田区Ⅲ」にも掲載の由)
に各引用
2 当方手持ちの
内山地形製図社「北澤警察署管内図〔1/7000〕」(S20代前半)
に各引用
2 当方手持ちの
内山地形製図社「北澤警察署管内図〔1/7000〕」(S20代前半)
北沢川文化遺産保存の会「下北沢文士町分化地図(改訂7版)」同会/2017 裏面に転載
のほかには、なかなか見つからなかった。
ところが、最近になって、たまたま
3 下図の、
日本地図株式会社「東京都区分図 世田谷区詳細図〔1/15000〕」S24
が
世田谷区立郷土資料館「地図でみる世田谷」同/2017 pp.074-075
に掲載されていることがわかった。
2019年7月29日月曜日
2019年7月3日水曜日
2019年6月9日日曜日
北沢川文化遺産保存の会 第5回研究大会
■言ってみれば…
いわゆる「ホームゲーム」なのにPRを忘れてました。
いわゆる「ホームゲーム」なのにPRを忘れてました。

■当方担当の…
「玉川上水と代田」のお話
今も古文書を苦労しながら解析中ですが、自分自身でも、なんとか
「へぇぇ、そうだったんだ」
と納得できるようなお話にすべく、格闘中です。
恒例の…第15回「代田フェスタ」
■昨(8)日いただいた情報
■かつて…
拝見した、2007年のそれの、記録(の一部)は
代田の谷の「空中写真」
世田谷区代田図書館講演会「三土代會の歴史」
など。
その他のスナップ・ショット
輪投げゲーム
今津さんの講演 (むかしの代田)
きむらけん先生の講演 (だいだらぼっち論)
三土代會の展示
農村時代の代田のジオラマ
2019年5月25日土曜日
記念品の「缶バッジ」配布案
■駅前広場の…
足跡や説明パネルのデザインが、新代田の図書館というより代田区民センターで使われている足跡を踏襲することができそうなので、作業が一気に進みました。
新代田の図書館のドアの足跡の絵をベクトル・データに変更できた(以下「仮版」という)のに続き、オリジナルのCADデータが発掘できたとのことなので、とりあえず一安心。
この機に、広場の開場記念行事で、参加して下さった方々に(ピン・バッジは高そうなので)缶バッジを差し上げては?と思い、デザイン試案を作成。
■コストは…
ここ
を見ると
500個作って、21,000円です(しかも、300個以上は送料無料の由)
個別に袋に入れたりすると、さらにかかりますが、先ずは広場に集まってくれた方々に渡して、その場で、服なり、帽子なり、バッグなりに付けてもらうのが目的ですので、袋はかえって「ゴミの元」。
■あるいは…
内100個くらいは、主催者側関係者の目印用(つまり Official's badge)に、色違いのを作るのもよいかと思います。
2019年5月9日木曜日
代田の水車
■三田用水鉢山分水…
の水車を調べるついでに、北沢用水の代田地域(後に代田に編入された赤堤村飛地の栗原を含む)に架かっていた水車について、大正7年の「郵便地図」
https://www.tokyo-23city.or.jp/chosa/tokei/kochizu/kubunchizu/choson/seyagaya_kmview-zoom.html
上にプロットした。
#に続く数字は
「明治・大正期における多摩川流域の水車分布-水車台帳の作成と水車諸産業の存在形態」1992〔俗称:水車台帳〕
http://www.tokyuenv.or.jp/wp/wp-content/uploads/2011/04/65ce837a62533de5c3be5e104f15b68f.pdf
の水車番号
No.に続く数字は
世田谷区教育委員会・編「世田谷の河川と用水」同教育委員会/S52・刊
のpp.87以下の表「区内水車一覧調査」の「分布図番号」
をそれぞれ示す。
■代田村の水車の…
歴史は、現23区内の水車の多くは明治期に設けられていたことからすると意外に旧い。
伊藤好一「武蔵野と水車屋-江戸近郊製粉事情-」クオリ/1984・刊
によれば
天明01(1781)年に
多摩郡〔ママ〕代田村の百姓幸右衛門が、水車設置の許可を受け(pp.80-81)
安政04(1857)年の水車仲間(同業組合)中の「北澤組」に
代田村の藤兵衛と宇之吉が名を連ね(pp.178-179)
ている。
ただし、後の4基との関連は不明。
おそらく直接の関係はないかもしれないが、水車の稼働は、水のコントロールについて、相応のノウハウと技術が必要で、周囲の耕地所有者にその能力があることを理解してもらえないと、設置についての承諾が得られない。
また、水車の設置については、当然かなりの費用がかかるので、つまるところ、周囲の信頼と資力が不可欠ということになる。
の水車を調べるついでに、北沢用水の代田地域(後に代田に編入された赤堤村飛地の栗原を含む)に架かっていた水車について、大正7年の「郵便地図」
https://www.tokyo-23city.or.jp/chosa/tokei/kochizu/kubunchizu/choson/seyagaya_kmview-zoom.html
上にプロットした。
#に続く数字は
「明治・大正期における多摩川流域の水車分布-水車台帳の作成と水車諸産業の存在形態」1992〔俗称:水車台帳〕
http://www.tokyuenv.or.jp/wp/wp-content/uploads/2011/04/65ce837a62533de5c3be5e104f15b68f.pdf
の水車番号
No.に続く数字は
世田谷区教育委員会・編「世田谷の河川と用水」同教育委員会/S52・刊
のpp.87以下の表「区内水車一覧調査」の「分布図番号」
をそれぞれ示す。
■代田村の水車の…
歴史は、現23区内の水車の多くは明治期に設けられていたことからすると意外に旧い。
伊藤好一「武蔵野と水車屋-江戸近郊製粉事情-」クオリ/1984・刊
によれば
天明01(1781)年に
多摩郡〔ママ〕代田村の百姓幸右衛門が、水車設置の許可を受け(pp.80-81)
安政04(1857)年の水車仲間(同業組合)中の「北澤組」に
代田村の藤兵衛と宇之吉が名を連ね(pp.178-179)
ている。
ただし、後の4基との関連は不明。
おそらく直接の関係はないかもしれないが、水車の稼働は、水のコントロールについて、相応のノウハウと技術が必要で、周囲の耕地所有者にその能力があることを理解してもらえないと、設置についての承諾が得られない。
また、水車の設置については、当然かなりの費用がかかるので、つまるところ、周囲の信頼と資力が不可欠ということになる。
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