代田連絡線は昭和20年5月の「山の手空襲」後に急遽敷設され、昭和27年ころ撤去、ということなので、同線を描いた地図は限られている。
これまでに判明していたものは、
1 小田急史の主(ヌシ)生方良雄氏所蔵の
日本地形社「地形図〔1/10000〕」S20測図
生方良雄「小田急の駅今昔・昭和の面影」JTBキャンブックス/2009「代田連絡線」p.57
生活情報センター・編/鎌田達也「井の頭線沿線の1世紀」同センター/2006「新代田」p.123
関田克孝「『大東急』代田連絡線」JTBキャンブックス「鉄道廃線跡を歩くⅤ」/1998 p.60
(なお、同書によれば「地図で見る大田区Ⅲ」にも掲載の由)
に各引用
2 当方手持ちの
内山地形製図社「北澤警察署管内図〔1/7000〕」(S20代前半)
に各引用
2 当方手持ちの
内山地形製図社「北澤警察署管内図〔1/7000〕」(S20代前半)
北沢川文化遺産保存の会「下北沢文士町分化地図(改訂7版)」同会/2017 裏面に転載
のほかには、なかなか見つからなかった。
ところが、最近になって、たまたま
3 下図の、
日本地図株式会社「東京都区分図 世田谷区詳細図〔1/15000〕」S24
が
世田谷区立郷土資料館「地図でみる世田谷」同/2017 pp.074-075
に掲載されていることがわかった。